引用
1)『輝生会20周年記念誌』第Ⅱ部 石川 誠「ことば集」―忘れられない思い出・エピソード
(思い出・エピソード紹介者の職種のみ記載)
2)『全国回復期リハビリテーション病棟連絡協議会機関誌』『回復期リハビリテーション』 ほか
2004年
- 「僕は病院でこういう料理を出したいんだよ」
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2004年頃、有楽町にある老舗のフランス料理店「アピシウス」に連れて行かれ、いわれた言葉。病院では栄養管理上、生クリームやバターなどは少量しか使えないため料理にならない⁉ フレンチの料理人なら皆同じことを思う。
だが、石川さんのいわれているのは単に料理のことだけではなく、店の雰囲気、接客、お皿など食器、店の家具や照明、スタッフの制服、価格や食材などサービス全般のことだと気がついた。次に連れて行かれたのが、赤坂(当時。現在は虎ノ門)の京料理「と村」。ここでも石川さんは、「和食は、こういう料理を出したいんだよ」と。“石川さんは本気なんだ”と感じた。
- 「和・洋の選択で49日サイクルあれば、患者さんが入院中すべて違うものが選べるな? できるか?」
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49メニュー×2種類=98日分、これに朝・昼・夕をかけると294種類のメニュー。「やります‼」オーダーが本気だからこそ、本気になれた瞬間。石川さんはわれわれ調理師を専門家として使ってくれ、ご自身も料理にまつわる知識はプロ顔負けなぐらい豊富。命令口調は一度もなく、いつもお願いされる感じだったが、その内容のハードルの高いこと‼ (初台リハビリテーション病院 調理師)
2005年
- 自宅に帰れる! それがリハ病棟の価値だ!
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回復期リハ病棟が頑張れば、急性期の病院はより在院日数が短縮でき、そして集中的に十分なリハビリテーションを提供した結果、自宅に帰れる。その結果、在宅ケアサービスでもいたずらにリハビリテーション、介護予防と叫ぶ必要はなくなる。それがこの病棟の価値だと考える(2005年2月、第5回研究大会
大会長講演「回復期リハビリテーション病棟の価値」の結びの言葉)
- 病院のスタッフは全員介助ができて当たり前
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退院して患者さんが家へ帰ると家族は介助を全部やるわけですよね。だから、それすらできないスタッフが病院にいるというのはおかしいと僕は基本的に思っているわけね。障がいをもっている人にかかわるんだったら、われわれ全員それができて当たり前。ナースのようにはうまくできなくても、家族よりはちょっとはうまくできる。それぐらいの技術はソーシャルワーカーもSTももっていいんじゃないか。そういう(病院全体の)ケアの水準を一つずつ上げていく。(2005年12月 新春若手座談会司会として参加メンバーに)
2006年
- 変化への対応~チーム一丸、速やかに
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マイナス改定の中、リハビリテーションの6単位が9単位になった意味は大きい。……「もっともっと集中的に一定期間リハビリテーションをたくさん行って、できるだけいい状態にして介護保険サービスのほうにパスしてほしい」、そういう思いが込められた改定だと前向きに受け止めたい。物事を転換するのは簡単なことではないが、海の中の魚の群れが一瞬にして方向をパッと変えるほどの速やかさがわれわれにあれば、どんな変化にもついていける。チームでやるからにはチームが一丸となって変わらなくてはならない。(2006年2月 第7回研究大会in高知 基調講演で2006年度診療報酬改定内容を受けて)
2008年
- 「粛々とやるだけだ」
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初台リハビリテーション病院、船橋市立リハビリテーション病院の開設当時、外部からの厳しい声をもらうこともあった。それに対し対峙する意見が出ることもあった。その時に、石川さんは常に謙虚に「粛々とやるだけだ」と言われ続け、それでみんなの気持ちが落ち着くことが多々あった。
- 「真面目に正しいことを続けていれば、必ず流れは変わるよ。世の中の人が気がつくよ」
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(輝生会作業療法士)
- 回復期リハビリテーション病棟の醍醐味
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気管切開されている、MRSAはある、家族は家に連れて帰る気がない、本人も帰れると思っていない。それが回復期リハビリテーション病棟に入って刻々と変わってくる。気管切開は閉じられ、MRSAはなくなって、「これならひょっとして家に連れて帰れるかもしれない…」と家族が思い始める。本人もその気になる。家族に「家でみたいと思います」、そういわせるのが回復期リハビリテーション病棟の醍醐味。(2008年7月 第1回病棟師長研修会 講演)
- 「早期離床」はリハビリテーションのイロハのイ
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「早期リハビリテーション」をPT・OT・STは(自分たちが)ベッドサイドへ行って早く始めることだと思っているが、順番が逆である。まず、看護・介護が早期離床しなければ早期リハビリテーションにならない。早期離床——寝・食・排泄・清潔の分離はリハビリテーションのイロハのイの字である。(2008年7月 第1回病棟師長研修会 講演)
- お茶のお点前のように
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病院は忙しくなると手抜きを始める。それでバランスを保っている面もあるが、それでは質の向上にはつながらない。重い人が入ってくるたびにケアのスタンスをころころ変え、安易に水準を下げてしまう。そうすると、重い人がいなくなったあとも低い水準のままやろうとする。そのほうが楽だからである。本当に重要なのは、サービスの水準を一定に保つこと。忙しくたって忙しくなくたって、お茶のお点前のように同じことをやる。「質が一定していること」は、「質がよい」ことの一つの証左である。(2008年7月 第1回病棟師長研修会 講演)
2010年
- 「廃用症候群」という言葉が消えるまで闘う
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維持期のリハビリテーションサービスの整備はどの地域でも質量ともに十分ではない。寝たきりの人は増加し続け在宅生活の継続を困難にしている。寝たきりの人の発生を阻止できないか、リハビリテーション医療界には大きな期待が寄せられている。急性期、回復期、維持期のすべてで廃用症候群の予防が重要である。「廃用症候群」という言葉が消えるまで、リハビリテーション医療界は闘い続けなくてはならない。(2010年2月 第15回研究大会in静岡三島 基調講演「回復期リハビリテーション病棟の10年と今後への期待」で)
2011年
- 一緒に働いてくれているスタッフの「気持ち」をもらう
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皆さん私が強靭な体力をもっていると思っていらっしゃるかもしれませんがそれはまったくの誤解でして、人前ではいい恰好しているんですけれども家に帰るともうバタンキューの世界でしてね。抜け殻のような状態で家に帰ってきて、一杯飲んでバアーっと寝るという……そういう日々なんですね、実は裏側は。全然カッコよくないんですよ。
ただ、「元気」はあるつもりです。で、その元気の源はもう、ハッキリしています。それは私と一緒に働いてくれているスタッフなんですよ。スタッフのエネルギーを一身にいただくんですね。これは何ていうか、筋力とかタンパク質とか、そういうことじゃあないですよ。「気持ち」をもらうんですね。気持ちをもらうとそれが自分の中のエネルギーになってくるんです。スタッフからエネルギーをいただく、そうすると元気が出て、それが体力につながる。ま、そんなんでやってきましたね。
体力っていうのはね、僕も浜村さんも身体がデカいですが、体力っていうのは身体がデカいとか力がありそうだとか、そういう話じゃないんですよ。
(2011年11月 回復期セラピストマネジャーコース第1期講義での質疑で)
- エネルギー不滅の法則って知っている?
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これ、物理学の法則なんだけど、僕は人類哲学の法則だと思うんだよね。エネルギーは変わらないんだよ。人間もそうなの。人はエネルギーをもっていて、パーッと燃え上がるんだよ。それが、人に乗り移るんだな。あの人が頑張っているんだったら、私もそうなりたいって。人間のマインドってね。僕はエネルギーなんだと思うんだよね。このエネルギーは不滅で、それが伝播していく。……(輝生会ソーシャルワーカー)
- 人間のいいところをみる
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いつも実践されていました。病棟のベッドサイドでも、外来の診察室でも、いつものリハビリテーション室でも、利用者の寝室でも、大観衆の講演でも、ラグビーのグランドでも、クロスカントリーの雪山でも、蓼科の暖炉の前でも、居酒屋の串松でも、どこにおいても。(輝生会理学療法士)
2013年
- 職員全体の3分の1は休んでいる~複数名体制で対応すべき
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病院では職員全体の3分の1は休んでいる。患者・家族が支援してほしいときに担当者が休みでは急な求めに応えられない。複数名体制で対応すべきだ。(2013年3月 第21回研究大会in金沢での基調講演「回復期リハビリテーション病棟の課題と展望」で)
2014年
- 看護・介護の人手不足がもたらす2つの弊害
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日本では、比較的少ない人員でたくさんの患者さんをみるやり方をしている。この少ない職員によるケア体制によって何が起こるか?
大きく2つある。
1つは患者さんへの適時適切なケア提供が困難になる。移乗も移動も食事もトイレもみな介助を要するような患者さんに手が行き届かなくなる。人手がなければ放っておくしかなくなってしまう。ベッド上でじっと寝かせきりの時間が増える。たやすく不動(廃用)症候群の方を作ってしまう。
もう1つは患者さんの尊厳の保持が困難になる。急性期の病院に入院した、まだ歩けないが意識はしっかりしている、尿意も便意もはっきりしている、当然トイレに行きたくなる、コールを押す、ここで人手がいないとどうなるか?
あちこちでコールが鳴り始める。「今伺います」「ちょっと待っててください」そういっている間に待ち切れずベッド上で尿失禁となる。そうしたことが何回か続くと有無をいわさずオムツをあてられてしまう。挙句の果てに看護師から「安心してオムツの中に出してくださいね」などといわれる。人間の尊厳もへったくれもない。大変残念だが今でもそういう病院や施設は存在している。看護・介護の人たちはケアしたくても人数が足りなくて手が回らない、これがわが国の現実だ。もっとスタッフを増やしてよいケアをしなくてはいけないし、日本をそういう仕組みにしなくてはならない。そのために介護の方々の力はとても大きい。(2014年6月 第1回介護研修会講演「回復期リハビリテーション病棟での介護の位置づけ」)
- そんな技術を覚えるのだったら
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身体を清潔にする場所は洗面所と浴室である。その昔、看護実習に「洗髪」というのがあった。「ケリーパード」という浮き輪にゴム底がついたような器具の上に仰向けの患者さんの頭を乗せ、ベッド上でお湯をかけながら髪を洗うのである。お風呂に入ってゆっくりと湯船につかってもらい、シャワーで洗髪するのではなく、初めからすべてベッド上で済ませてしまおうという発想である。そんな技術を覚えるのだったら入浴の技術を覚えたほうがずっといい。
(2014年6月 第1回介護研修会講演「回復期リハビリテーション病棟での介護の位置づけ」)
- 一般家庭と同じ浴槽で練習――大変だから価値がある
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回復期リハビリテーション病棟に機械浴を使用している病院はいかがなものか。機械浴は“寝たきり製造浴槽”だ。安易に機械浴に入れ続けている限り家の浴槽には入れない。回復期リハビリテーション病棟は家に帰すことを目的としている。一般家庭と同じ浴槽を設えて入院中からそれにせっせと入浴させるのである。座位バランスが悪く立位のとれない方を家庭用の小さな浴槽に入れるのはなかなか大変である。高い技術も必要だ。だから価値がある。(2014年6月 第1回介護研修会講演「回復期リハビリテーション病棟での介護の位置づけ」)
- 尊厳が二の次になれば職員の効率最優先に
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回復期リハビリテーション病棟で最も重要なのは看護と介護の行う自立支援のケアである。PT・OT・STによる個別訓練以外の21~22時間に看護・介護スタッフが単にお世話をしているようなケアを漫然と行うか、自立支援のケアを行うか。しっかりやる病棟とそうでない病棟とでは数か月後の患者さんたちの結果に雲泥の差が生じる。PT・OT・STがいくら頑張っても土台になる看護・介護がしっかりしていなければ決してよい回復期リハビリテーション病棟にはならない。その意味で「看護・介護が駄目ならすべて駄目」なのである。「尊厳のあるケア」「自立支援のケア」を常に目指すべきである。尊厳が二の次になれば職員の効率最優先の動きになる。自立支援の視点がなければ全部「お世話」になってしまう。(2014年6月 第1回介護研修会講演「回復期リハビリテーション病棟での介護の位置づけ」)
2017年
- 地域リハビリテーション~重要なのは何をやるか
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地域リハビリテーションの発想で重要なのは、言葉ではない。何をやるかである。
(2017年2月 第29回研究大会in広島 基調講演「フォローアップ・ザ・回リハビリテーション病棟」)
2019年
- 2000年はリハビリテーション医療整備元年
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私は2000年を地域における「リハビリテーション医療整備元年」だと考えている。なぜなら、この年に介護保険ができ回復期リハビリテーション病棟ができたことによって、制度上、リハビリテーションが「回復期」と「生活期」に明確に位置づけられ、リハビリテーション医療の構造が大きく変わったからである。(2019年2月 第33回研究大会in舞浜・千葉 基調講演2「情熱」を推進力として改革を積み重ねる回復期リハビリテーション病棟」)
- 教育研修費は最重要必要経費
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若手の中にリハビリテーション医学の基本的知識・技術を知らないスタッフが思いの外たくさんいる。無知を指摘されないからである。 私は卒後5年以内に急性期、回復期、生活期の各現場経験をしておくべきだと思う。リハビリテーション医療の理念や倫理・哲学の習得、リハビリテーションマインドの“刻印づけ”を若いうちにしっかりと行う。そうしないと10年経って使い物にならなくなる。これは医師にもいえる。病院経営陣は教育研修費を最重要必要経費として考えるべき。経営陣が回復期リハビリテーションを算術と考えてしまったら、回復期リハビリテーションの将来は奈落の底である。(2019年2月 第33回研究大会in舞浜・千葉 基調講演2「情熱」を推進力として改革を積み重ねる回復期リハビリテーション病棟」)
- 常に丁寧に思いやりをもって接する
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尊厳を保持するということは「基本的ケアをきっちりやる」ということである。忙しい時、心に余裕がないときでも相手を一人の人間として尊重し、大切な存在であると認め、常に丁寧に、思いやりをもって接する。これは簡単なことではない。人間的な力量が要る。体力が要る。高度なリハビリテーション医療の知識・技術の追求も大切だが、同じぐらい患者さんや仕事仲間に対する接遇も大切だ。(2019年7月 第40回看護・介護研修会(初任者研修)講義Ⅰ「リハビリテーションビリテーションマインド」)
- 保守的なのは駄目 新しいことにチャレンジして
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保守的なのは駄目だ。新しいことにどんどんチャレンジしていって、もっともっと障がいをもっている方に逞しくなっていただくよう支援しなくてはいけない。(2019年7月 第40回看護・介護研修会(初任者研修)講義Ⅰ「リハビリテーションビリテーションマインド」)
- 「歴史は繰り返す。歴史から学ぶことが大切。本を読め」
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小生(石川誠)の考えの基本となった書籍(2019年7月頃 輝生会3年次研修での会長講演で次の6冊の読書を薦めた)
1.『ある明治人の記録』(石光真人)
2.『代表的日本人』(内村鑑三)
3.『上杉鷹山』(童門冬二)
4.『論語と算盤』(渋沢栄一)
5.『風土』(和辻哲郎)
6.『タテ社会の人間関係』(中根千枝)
1994~
1995年頃
- 「先を見越していいことをやり続ければ、必ず利益はあとからついてくる」
「一流を極めるには、一流を経験することから始まる」
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石川さんは、幹部に身につけてほしいマナーや礼節を重視していた。それもあり、出張のたびに高級ホテルへの宿泊、食事も高級フレンチなど高知の田舎者には経験したことのない場所に連れて行っていただいた。そこから学ぶ体験は今後誰かに誘われてもそつなく対応でき、恥をかかない気配りの一環で、よいものを経験し、幹部が一流になることを望んでいた。一流の幹部の下に一流のスタッフが育つと。
- 「役満は、狙わなければ上がれない」
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当時石川さんと麻雀をやる機会がよくあった。とにかく強くて、コテンパンにやられたことを覚えている。なぜ強いのかを聞くと、「麻雀パイを積み上げる際に、どこに何を積んだかを覚えているからだ」と豪語していた。
麻雀を打っている際、「近森リハビリテーション病院が黒字になり、これからは近森のようなものを全国に作る」といわれ、「それは無理でしょう」といったときに、「役満は、狙わなければ上がれないだろう」といわれた。石川さんは公約通り、リハビリテーション医療の“役満”を達成した。(輝生会 理学療法士・事務)
不詳(2002年~)
- “寝たきり4点セット”
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気管切開・経管栄養・膀胱留置カテーテル・褥瘡付きを“寝たきり4点セット”と命名。
- 「アマチュアは成功を忘れない。プロは失敗を忘れない」
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(多くの輝生会職員が記憶)
- 「ヒーローはいらない。みんなでやるんだ」
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(輝生会作業療法士はじめ多数)
- 「みんな仲間なんだ。駐車場の従業員も掃除の業者の方々も含めて、みんなだ」
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(輝生会作業療法士)
- 「とにかくやるんだ! 有言実行だ!」
- (輝生会理学療法士)
- 「患者さんに寄り添い、待つ時間は大切。その時は、突然やってくる。その瞬間を逃さない」
「素直な気持ちで、心から褒めればいい。きっとその人は、力になってくれるから」
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(輝生会 理学療法士)
- 「改善しないって、誰が決めたの? 本当に、改善しないの?」
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(外来カンファレンスでスタッフが「改善が見込めないので終了」と発言したとき、ハッとした一言。輝生会 ソーシャルワーカー)
- 「評価は何のためにするんだ。よいところを見つけるためにやるんだろう。みんな評価して、問題点ばっかり見ようとする。その人に残されているよいところを見つけるようにしろ」
- (輝生会 理学療法士)
- 「心技体っていうだろう。体技心でもいいと思うんだ。身体が丈夫で健康であれば、人にも優しくなれるだろう」
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(輝生会 理学療法士)
- 「いいか、新たなことが始まるのはやっぱり飲み会の席なんだ。本音を話せる飲み会こそ重要なんだ」
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(輝生会 理学療法士)
- 「『実るほど頭を垂れる稲穂かな』……輝生会は順調に人も増えてきた。ただ、こういう時こそ初心を忘れやすい。患者・家族だけでなくスタッフに対しても礼節を保ち謙虚に物事を考えることが大事だ」
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(輝生会 理学療法士)
- 「よいことをやっていれば、必ずあとからお金はついてくる」
- (経営会議で)
- 「一度決めたら、信じて待つ。そして、絶対にあきらめない」
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- 「すべて長いストーリーの中で展開している」
- (輝生会ソーシャルワーカー)
- 「焦るな。俺が生きている間には整わない。そのくらいのことをやっているんだ」
- (地域活動に関して)
- 「そんなちっぽけなことを気にするな。正しいことをやれ」
- (地域リハビリテーション支援センターの活動で法人の持ち出しが多くなっているのを気にしていることに対して。輝生会ソーシャルワーカー)